独学高卒でも地方上級公務員に合格

ハンデを乗り越えて都庁含む都道府県庁、国税専門官に合格しました。ブログでは公務員試験情報のほか、実用書レビューや、現在勉強中の日商簿記1級、TOEIC、プログラミングについても語ります。

今さらながらハンドルネームについて記述する

おはようございます。

Takatoraです。

 

独学公務員試験ブログを立ち上げてから早2ヶ月。

 

まだまだ記事をガンガン書いていきますが。

 

今回、すんごい今さらなんですけどTakatoraというブログネームのルーツである

 

藤堂高虎について書いていこうと思います。

 

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みなさん、そもそも藤堂高虎は知ってますか?

 

まあ知らなくても公務員試験は合格できるし、人生に支障はないんですけども。

 

藤堂高虎は1556年生まれの戦国時代の大名です。

 

名前からして強そうな名前ですよね?

 

その名のとおり身長は190センチ体重113キロもあったそうです。

 

当時の平均身長が150センチ半ばのなか、190センチですから相当な大男です。

 

しかし、この人物ただの大きいでくの坊ではないんです。

 

隠れた大出世

 

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戦国時代に大出世を果たした人物といったら誰を思い浮かべますか?

 

ほとんどの人は、「豊臣秀吉」と答えるでしょう。

 

たしかに、戦国時代のみならず日本史上、一番出世した人物は豊臣秀吉でしょう。

 

しかし戦国時代では、その次といっていいくらい大出世をした人物は、藤堂高虎なのです。

 

藤堂高虎のスタートはまさに「裸一貫」からでした。

 

一兵卒、足軽からのスタートです。石高も一桁です。

 

その後、沢山主君を変えながら出世を重ねていき、最終的には62歳で32万余石まで行きます。

 

石高32万倍の出世です。

 

伸びしろ抜群ですねー!

 

 結果を出す男、好きです。

 

明確な目標をもって生きた

 

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トラブルメーカーだった20歳までと、その後とでは実際に人間が違ったようになる。(中略)

 

自分が信頼できる、敬愛できる主君に出会うことと、それによって明確な人生目標を立てることができた、という経験が高虎を変えることになる。

  

藤堂高虎も若いころは、ただ敵陣に向かって突き進む「猪武者」でした。

 

これでは戦死するのも時間の問題です。

 

実際にも指が失くなったり全身傷だらけだったりと重傷を負いながら戦い続けたそうです。

 

「指が失くなるって、、、」

 

でも、ある人物に出会って完全に人が変わります。

 

その名も「餅屋の夫婦」です。まだ若いころ、高虎は主君を変えるため各地を放浪していました。

 

場所は三河湾、広大な海を見た喜びに浸っていた高虎でしたが、金は無く飢餓に苦しんでいました。

 

そんな時、「餅」の旗が見えます。そこで一文無しなのにもかかわらず、無銭飲食をしてしまいます。

 

そこで、恐る恐る餅屋の主人に一文無しであることを話すと、 

 

「身体だけは大きいが、よく見ればまだ幼さが残った若い顔をしている。

 

多分に家の倅(せがれ)ほどの年齢であろう。

 

もういいよ。

 

無銭飲食で番所に突き出すほど野暮じゃないし、、、。

 

これからおまえさんの人生を期待して出世払いにしてあげよう」

 

と主人は許してくれたのです。主人の妻も、

 

「もう故郷にお帰り。

 

これだけあれば近江(高虎の故郷)まで食いつなげるだろうから。

 

持っておいき」

 

と人生観が変わるくらいの親切をされます。

 

さらにこの話には続きがあって、その後大名になった藤堂高虎が、参勤交代のときにその餅屋夫婦に餅代を返したいといって大金を渡したそうです。

 

しかも、藤堂高虎が戦場を駆け抜けるときに使う旗を「三つ餅」にしたそうです。

 

嘘っぽく聞こえるけど結構実話っぽい話だそう。

 

この話をきっかけに、「大名になる」という明確な目標をもったようです。

 

相当腹が減っていたんでしょうね。。。

 

×「やればできる」〇「やらなければできない」

 

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ひとつ例を挙げます。 

 

スポーツの世界で頑張ってトレーニングをする。

 

厳しい練習に耐える。

 

耐えられなくなったときに「頑張れ、やればできるんだ」とスポ根もののように言われても、本当になったときに「これだけやれば記録は更新できるのか。優勝できるものか」と思ってみても一目瞭然、ライバルの方が遙かに実力が上であったらどうなるか。

 

やってもできないことになる。

 

高虎も「(何事も)やらなければできない」という感覚をもち生きていたんだと思います。

 

でなきゃ、裸一貫から32万石の大名にまで登りつめないです。

 

「やればできる」は嘘です。「やらなければできない」 が合理的であり真です。

 

終わりに

 

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藤堂高虎の「やらなければできない」という生き方。

 

普段の生活や公務員試験にも通用する考え方です。

 

勉強がいくら得意でも「やらなければ」可能性は0です。

 

勉強が苦手でも「やれば」可能性は上がります。

 

しかし、それは永遠に100%になることはありません。

 

人間ですから。

 

だから、「ここまでやったんだからもう大丈夫だろう」と途中で勉強のアクセルを抜かず、ぎりぎりまで可能性を100に近づけるように努力してください

 

私もビジネス頑張ります。

 

〈参考文献〉

江宮隆之『7人の主君を渡り歩いた男 藤堂高虎という生き方』(株)KADOKAWA、東京都、2015年